大アルカナ11・正義 JUSTICE
基本的な意味
バランスの取れた思考。
中道の考え方ができている状態。
逆位置
バランスが崩れ、偏った思考に陥る。
生命のストーリー
人が人の命を奪う事は悪であります。人を殺した場合は、大きな悪業を背負う事になります。
戦争は、どんな大義があるとはいえ、同じように悪である事には変わりありません。
しかし、世の中には、一見は真逆に見える事が、同じ生命から生まれた反対の側面という事も多々あります。
例えば、愛と憎しみは表裏一体といいます。愛を求めすぎてしまうと、相手を信じるというバランスを欠き、疑いの心が生まれます。目の前に起こった状況に裏切られたと感じた時、愛は憎しみに変わります。
人生における悩みや困難は、不幸な出来事として捉えてしまうと思います。しかし生命の観点から見た場合は、困難は成長する為の過程として必要なものであり、真の幸福に進む為に起きている事です。
このように、人間の目には、両極端に映っていても、本質は同じという事がよくあります。
生命の真実は、きっとすごくシンプルなのだと思います。しかし人間としての意識が生まれた時、まるで煩悩の煙に包まれたように心が濁り、真実が見えなくなってしまうのでしょうね。
この見えなくなった真実を、ジャスティスの剣が示している「思考」の力で見抜いていきます。
人間は思考を働かせた時、右か左かという極端な考え方に偏りがちな傾向が出てきます。
中道とは、右と左の中間の考え方、どちらの良いところも取り入れた真ん中の思想と一般的には捉えられていますが、本来の「中道」は意味が異なります。
一見は全く反対に見える事、そのどちらも否定せず、どちらも考えも一定の側面からは正しいと捉えます。その上で、条件が変わっても変わらぬ普遍な考えを「中道」というそうです。
人間は本来、宇宙生命と同一の存在であります。同時に、宇宙生命から分離独立した「個」の生命としての存在でもあります。そしてどちらも間違えではなく、どちらも正しいと捉えるのが、中道の本来の意味です。
だから、精神性ばかりを重視していたり、または現実しか見ていないような状態は、どちらも中道から外れた、バランスを崩した考えと捉えるのだと思います。
この中道の考え方を、ジャスティスのカードは「バランス」と比喩していると捉えます。
正位置と逆位置の読み方のポイント
ジャスティスの生命のストーリーは、少し哲学的になってしまいました。ジャスティスの意味を捉えようとすると、どうしても難しくなってしまい、読みにくいカードのひとつであります。
しかし実際のリーディングにおいては、もっとシンプルに捉えると読みやすいと思いますよ。
ジャスティスの剣は「思考」です。
カードからは、誰かに正義を問われているように見えますが、この誰かとは、自分と捉えて良いかなと。
「正義」と考えると、何が正義なんだろうと、思考が暴走します😅 だから、あまり「正義」のキーワードにはこだわりません。
私は、正位置で出た場合は「思考が偏っていない」、逆位置で出た場合は「思考が偏っている」と読みます。
正位置が出る場合は、それまで、何かにこだわっていたような思考に陥っていたのでしょうね。
逆位置で出た場合は、今まさに何かにこだわっている事への警告として受け取るといいかと思います。
なので、どちらかと言えば、逆位置で出た場合に、どういう考えを軌道修正したらいいかを探していきます。
うまく読めない場合は、バランスが取れているか、バランスを崩しているかで見る場合もありますが、やはり「正義」のキーワードは外した方がピンときやすいかと思います。
私の見解
私の場合、ジャスティスのカードは「中道」を示しているとイメージします。
私の中では、中道を感覚的に理解できているので良いのですが、今回改めて、中道を言葉にしようとした時、うまく表現できずに苦労してしまいました。正直、まだ全然納得がいっていないので、いつか必ず、こっそりと文章を変えようと心に誓っています😁
上手くまとめる自信がありませんが、もう少し語っておきますね。
これは恐らく、当時の時代背景的に、○○思想、□□思想というように、相反する二面性で捉える傾向があったのじゃないかなと思います。だから右か左か、みたいな単純な話しになります。
でも現在は、考え方も多様化していて、右か左に分けられるものではありません。100人いたら100人が違う考えを持っているというのが、今の世の中だと思います。
これは生命の法則を学べば、理由が見えてきます。
元々人間の生命の源である、宇宙生命の中は、善か悪か、白か黒かといったシンプルなものだと想像します。動物を見ているとよくわかりますね。複雑な思考がないから、いいか悪いかがはっきりしています。
しかし人間と意識が生まれた時点で、生命が煩悩に包まれて、様々な色に染まっていきます。思想が乱れている現代においては、もはや何が正しくて、何が間違えているか、見分けがつかない程になってしまっています。
中道とは、右と左の真ん中の考え方というものとして捉えられているように感じますが、本当の中道とは、こうした多様性を生んでいるのも、生命の役割のひとつ、変化を生む為に必要な事なのだと大きな視点で捉えます。だから、否定から入りません。
その上で、時代が変わっても、場所が変わっても、決して変わらぬ普遍なもの、これを真実と捉え、この真実の道に生きる事を中道と呼ぶのだと思います。
だから、普遍の真実から離れてしまい、ある考え方に偏ってしまった場合、バランスを崩していると捉えると良いかと思います。
とはいえ、人間はノーマルな状態が、バランスを崩しているのですね😅 その前提において、バランスが整ったらジャスティスの正位置が現れると読んでいいかと思います。考え方が整っている証なので、ここから先は間違えた行動は取りそうにないですよね。
一般的な解釈では逆位置を悪く読む場合もあるかと思います。正義が崩れたイメージから、モラルを欠いた行動とか、法を犯すとか、不正行為をするなどのキーワードも出てきますが、そうそうあるわけではありませんよね?😅
こうしたキーワードをこじつけると読み間違えを起こすので、ここはシンプルに、考え方が偏ってきているので注意!みたいに読み、どう偏っているかを見極めていった方が良いかと思います。