多元宇宙統合生命論・誕生の背景

多元宇宙統合生命論

多元宇宙統合生命論・誕生の背景


長く続いた「地の時代」は終わり、「風の時代」が到来しました。 
時代の大きな転換期には、破壊と再生が起こると言われます。古い時代の習慣や価値観は破壊され、未だ見たことのない「何か」が生まれ、新しい社会が訪れるであろう予感が確信に変わる・・・今はまさにそんな時なのです。

時代が動き、社会が変わる時は、個人にも変化が訪れます。この数年間に、まるで過去世から定められていたかのような大きな試練や悩みが伴う変化を体験している人もたくさんいるのではないでしょうか?
これは大きな視点で見た場合、新しい時代を生き抜くために不可欠な、人生の過程なのです。今大変な人には、新しい時代を牽引する大切な使命があるのかもしれません。

今、目の前に起こっている現実は、すべて意味があることだと思います。

風の時代は「個性の時代」だとも言われています。
2023年に入り、世の中に一気にAI=人工知能のサービスが普及、社会が大きく変貌していくことを誰もが予感しているかと思います。もはやほとんどの仕事は機械にとって変わられると想像がつき、生き残るためには余程のオリジナリティが必要になるだろうと考えられます。
 
やはりこれからは、自分だけの「個性」を追及することが不可欠になると思います。

人の個性は、性格や能力、価値観などにより決まると考えられていますが、もっと本質的には、過去世での人格や経験などが原因となる、生命の奥底に刻まれた「生命の個性」とも言うべき心の傾向性があるのではないかとの観点に着目しました。

生命の個性は、いわゆるパーソナリティとは違い、本人が知識として学ばないと、自覚していない場合も多いようです。それゆえ、今世に一番影響している過去世の「私」と同じような行動パターンや思考パターンを無意識のうちにとってしまうため、結果として人生のパターンも、過去世と同じようになってしまうのです。過去世での失敗を、今世でも繰り返してしまう傾向が見られるのです。
これを「宿業」というのかもしれません。
 
「生命の個性」を探究する中で、「宿業の悲劇を回避できるのか?」という問いにぶつかりました。しかし考えれば考えるほど、宿業は乗り越えるべき課題であって、自身の「生命」を成長させるために必要な「過程」なのだと思えてきました。
時代の変革期に、社会に破壊と再生が起こるのもまた、人類の宿業であり、進化の過程で必要なイベントなのかもしれません。

それでは、私たちの今の人生が、過去世に原因がある「結果」であるならば、未来は決まっているのでしょうか?
いわゆる「宿命」を乗り越え、未来は切り拓いていけるのでしょうか?

精神世界の探究に関わる多くの人は、「運命は変えられる」と簡単に豪語します。しかし聞けば聞くほど根拠に乏しいのです。そして実際に、自分の器を超えるような宿業の試練にぶつかった時、目の前の問題を乗り越えるのではなく、別の道に行くことを勧める人が多いと感じました。
風の時代を生きるために、精神性を高めることは良いことだと思いますが、「エゴを捨てよ」「自我の欲望を手放せ」といった言葉ばかりが耳につき、どこかに強い違和感を感じておりました。

そんな中、最先端の科学である「量子論」が、古の叡智である「仏教哲学」に、かなり近づいてきていることを改めて実感する機会がありました。
私たちの今の人生は、どのように過去世や宿業に影響を受けているのか、そして私たちは、これらの試練を乗り越え、自分自身の自我を輝かせることで、望んでいる未来に進んでいける限りない可能性を持っていることを確信するに至りました。

2023年初頭「多元宇宙統合生命論」という新解釈を誕生させました。

多元宇宙統合生命論は、いわゆる科学のように、実験や統計により導いた理論ではありません。
いや、最先端の科学と言えども、目に見えない世界の探究は実験ができるものではなく、思考で生み出した理論がほとんどなので、絶対的な答えが出ているわけでもありません。

この新解釈は、既存の思想や科学を否定した、全く新しい理論ではありません。
むしろ数千年前に誕生した、仏教哲学という叡智を演繹的な位置付けに捉え、最先端量子力学を帰納的な位置付けに置いて考察したところ、驚くほど両者が合致してきていることに目を向けたのです。

この時、多くの近代的思想の「違和感」の正体に気がつきました。
人類が生んできた先見の智慧は優れていたとしても、その「解釈」における不完全さに違和感を感じていたのです。

多元宇宙統合生命論は、あくまで考察理論に過ぎません。しかし、この理論をベースに考えた時、私たちの「生き方」そのものが変わるものであると、確信しています。